探究科 座談会その1-前編-

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SPECIAL

2021.02.09UP

探究的な学びを通して、自分で選び、自分を知る時間を。

MEMBER

池谷陽平探究科

髙木草太探究科・英語科

眞鍋綾探究科・英語科

上月龍太郎探究科・数学科

東野友洋探究科・社会科

生徒のため、現場の改善のため。
様々に意見をぶつけ合わせていく5人。

自分たちでプログラムをつくり、それを授業で実践。もちろん思ったような効果が出ない場合もあるので、それを受けてディスカッションを行い、また次のプログラムをつくる……。 “正解のない世界”の中で、それでも生徒たちに社会で本当に役に立つスキルや、ベースとなるマインドセットを身につけてもらうべく日々奮闘している探究科の先生チーム。 そのメンバーに集まってもらい、日頃抱いている雑感を自由に語ってもらいました。

収録日:2020年12月26日

Theme1

通常科目と探究の違い。
教師にも求められる変化。


池谷

気心の知れたいつものメンバーなので、普段のミーティングの感覚でカジュアルな雰囲気で進めていこう! 最初のテーマは「先生側の変化」。探究の授業を進める中で、教育観や授業のスタイルなどに変化はあったかな?


上月

僕は数学と探究の2つを教えています。その中で気がついたことがありました。何かって言うと、数学ってどんな問題にも1つの正解があるから、僕としても自信を持って喋りやすいんですね。一方で探究は正解がないことに取り組むので、ファシリテーションをする側として発言に気を使うようになりました。その結果、探究をやり始めた当初から比べると、人間的にかなり丸くなったと思います(笑)


東野

それはすごく分かる。一緒に仕事していても、上月先生は丸くなりましたよ。


池谷

昔はどれだけ尖ってたんや(笑)。「発言に気を使う」っていうのは、具体的にはどういうこと?


上月

数学って予習をしたり復習をしたり、そういう努力の方法があるじゃないですか。でも探究はそういうものがないわけで。そこが通常科目と大きく違いですよね。だから、前に立つ僕も気持ちを切り替えて話さないといけない。


髙木

うん。探究においては、どんな状況においても「生徒が悪い」ってことは絶対にないからね。


上月

そうですね。だから彼ら・彼女たちが作る作品は、どれもめっちゃいいなって思います。とはいえ、それと同じ感覚で数学は教えられない。「5」が正解の問題に対して「3でもめっちゃいい!」とはなれないので(笑)

座談会の司会進行役は、みんなの頼れる存在、探究科主任の池谷先生です。


池谷

なるほど、ファシリテーションする側の気持ちの切り替えか。じゃあ東野先生はどう?


東野

私の場合は、授業中に居眠りをしている生徒への見方が変わりました。ただ単に「授業がつまらないから寝ている」という以外にも理由があるのではないかなって思うようになったというか。それも一つの選択だと受け止めて、「なぜその選択に至ったのか」という対話ができるようになりましたね。もちろん教師として「なんで寝てしまうのか?」ということを考える必要はありますけど、無条件に「おい、起きろ!」と思うことは少なくなりました。それが良いか悪いかは別として……(笑)


池谷

これまでは寝ている生徒に対して「今すぐ起こさないと!」みたいな感じやったん?


東野

いや、というよりは、自分がハラハラしていたんです。「俺の授業が悪いからか……」って。


髙木

僕は生徒たちの居眠りはぜんぜん気にならないんですよ。だって、そりゃ眠いでしょ(笑)。あの子たちはずっと勉強して、部活して、帰って宿題をして……。それに加えてスマホを見たりゲームをしたりもしたいだろうし。あと成長期だからホルモンバランスも影響しますよね。もちろん東野先生のように「自分は寝させてしまう授業をしているのかも」と省みるのは大切だけど、眠くてどうしようもない子がいるってことを否定はできない。


池谷

でも通常科目の授業で寝てしまうのと、探究の授業で寝てしまうのは、別の理由がある気もするよね。


眞鍋

探究の授業中に寝ているとすれば、それは不安が大きいからだと思うんですよね。中学の時も、高校になっても、これまで「正解のある世界」で努力を重ねることで、追手門っていう私学に進学しているわけじゃないですか。だから「正解のないこと」に取り組むとなった時に漠然とした不安を抱えるのかなって。逆にいま自分が大人になって思うのは、教科書を見ながら教師が喋っているだけの50分間に耐えられるのかってこと。どうですか?


池谷

ぜったい無理や(笑)。でも生徒たちはそれをやっている。本当にすごいよね。


東野

でもむしろその方が居心地がいいって言う生徒もいます。ただでさえ1日の中で何時間も集中して授業を受けているのに、探究や家庭科のような、脳を働かせてゼロから生み出す活動をするのはしんどいっていうのは分からなくもないです。


池谷

うん。大人になっても、研修の途中で「ワークショップをやります」ってなった時に心を開けない人が多いからね。それが悪いっていうより、そういう教育を受けてきたってこと。


髙木

でもその状態って本当にもったいないことですよね。これまでの教育の結果、そういう大人が育っているのだとしたら、これからは今とは違う次の世代の人材を育てていくためにも、教育の中により多様な機会を創出すべきだと思います。

「正解のないこと」に
取り組むとなった時に
漠然とした不安を抱える。

Theme2

授業に部活、塾や宿題……。
一体いつ自分自身に向き合うの?


池谷

今の大人たちに「学校で得た、今に活きているものはなんですか?」と聞いたとしても、「授業で習った〇〇です」って答える人はすごく少ない可能性も大いにあって。その点、普通の日本人とは違った教育環境で育った髙木先生は「これが今に活きている」と思うことはある?


髙木

僕は勉強も学校も好きだったし、ラッキーなことにすごく良い授業を受けていたと思います。そして自分の中で「勉強は学校でするもの」って決めていたから、授業以外の時間は絶対に勉強しなかったんです。それはもちろんテスト前でも、変わりません。そういう学校生活のスタイル、つまり“切り分ける”っていう感覚は、今に活きていると思いますね。


池谷

確かに髙木先生においては、それが仕事でも引き継がれているよね。仕事とプライベートを自然と切り替えることができていると思う。自分の中高時代を振り返ると、学校と自分の時間について考える余地がなかったように思うし、実際に今の生徒たちもそうなっているよね。


髙木

やっぱり圧倒的に時間がないんですよね。学校と勉強のことばかりで1日が埋まってしまう。


池谷

社会に出て働く時のことを考えると、仕事とプライベートの重なりが多いことに幸せを感じる人ばかりではないよね。もちろん「仕事が楽しい! ずっと働いていたい!!」っていう人もいて、そういう人はおそらくそれが天職だと思うし、自分の意思でそうしているから喜ばしいことなんですけど。でもそうじゃない人がたくさんいるのも事実で。切り替えの仕方が分からないから、どんどん自分のやりたいこと、好きなことと、仕事とが遠いものになっていってしまう。

学生時代をベルギー、マレーシア、オーストラリア、そして日本のインターナショナルスクールで過ごした髙木先生。


髙木

朝から夕方まで授業を受けて、その後に、部活や宿題、塾に通って……、1日の中で自分の時間があまりにも少ないですよね。そんな生活を続けていたら、疲れてくるし、授業中にもぼーっとしてしまうのは当たり前のことだと思うんです。自分のことを考えることもできず、さらにはあの「テスト前期間」というものまで……。


池谷

あれは本当になくなればいいなと個人的には思っている。裏を返せば「その期間だけ集中して勉強しましょう」って言っているようなものやから。


眞鍋

つまり学校とリアルな社会があまりにもかけ離れているってことですよね。だからこそ、探究的な学びが必要なんだと思います。


池谷

まさにそうやね。

眞鍋先生は、学校現場とリアルの社会が乖離した現状に警鐘を鳴らします。


池谷

ではこれまでの探究の授業を振り返った時に、生徒たちにはどんな変化が見られた?


東野

例えば中学3年生に対しては、1年の時から探究の授業があったわけではないので、まず「探究ってなに?」ってところから始めて、時間はかかりましたが、この科目の意味は伝わってきたかなって思います。探究科としては『安全・安心の場』というテーマがあるので、それを実践するために一貫して『肯定する』ってスタンスで授業に臨んできました。それを感じ取ってもらえるようになってからは、中学生のみんなも徐々に安心して探究の時間を過ごしてくれるようになったんですよ。


眞鍋

まず『聴く』ということからスタートしたのも良かったと思います。生徒が言いたいことをすべて私たちに伝えてもらったんです。ただやっぱり最初の頃は不安もあっただろうし、この時間に意味を見出だせないという反応もありましたね。


東野

A4の紙にびっしり書いてくれた子もいたよね。


眞鍋

そうなんです。コチラがそれを「ぜんぶ聴いてるで!」って姿勢を見せ続けることで、生徒が変化を見せてくれ始めました。たとえば「自分の夢がちょっと見つかった」ってリフレクションに書いてくれた生徒がいて。あの時は本当に嬉しかったですね。


池谷

そう思ってくれたのは嬉しいよね。じゃあその他で見られた生徒の変化はある?


眞鍋

何よりも生徒自身が自分の変化を感じ取れるようになったというのが大きいですね。同じくリフレクションに「こういう時間をだんだん楽しめるようになってきた」と書く子も出てきました。勉強ではないことに没頭することで、見えてきたものがあったんだと思います。


池谷

時間がない生徒たちが、自身と向き合ったり、物事を掘り下げたりする時間を経て、より自分を知ることができたのであれば、それはまさに探究が目指しているところ。だってそういう気づきってめちゃくちゃ大事やん? にも関わらず、それをするための時間が必要だっていう認識ははなかなか浸透しない。世間的にも「学校は大学に行かせるために、これだけの勉強させてくれるところ」って考え方から抜け出せてないし……。


東野

眞鍋先生が言っていた「学校と社会がかけ離れている」原因も、そういうところにあるのかもしれませんね。だって社会で活躍している人たちが持つ能力やスキルって、通常の授業で養えるものっていうより、探究の時間でこそ身につけたり、気がつけたりするものだっていうのは簡単に分かるじゃないですか。それなのに学校教育の現場でその力を育むことには、あまりピンと来ていない人が多い。なんだか不思議な現象ですよね。


眞鍋

あくまで予想ですが、自分らしく生きることで幸せを掴んだ人のことを、すごく特別な存在だと思っているのかもしれません。100人中1人とか、1000人中1人とか。幸せに人生を送ることを、いわば博打のようなものと感じてしまっているが故に「とにかく勉強をしていい大学に行く」という安易な方法を求めてしまうんじゃないかな。


池谷

大学への進学を「ゴール」と捉えるか、もしくは「自己実現の手段」と捉えるか。


眞鍋

私は人は適材適所であればあるほど、ハッピーになれると思っています。それはつまり、自分のことをきちんと理解し、どうあれれば幸せなのかを分かった上で進む道を選んでいる状態ですね。でも今の学校教育は、それを知るチャンスをあまり与えられていないのが現状です。


池谷

うん。確かに知識は与えているけど、それを自分のものにする方法や、それを活かすための方法を模索する機会は与えられていない。本来の順番としては、知識より前に、探究的な学びを通して、まずは自分を知ることが必要なはず。それが土台にあった上で、夢を実現するために使える知識を獲得したり、それを自分のやりたいことと紐付けたりしていくわけで。その順序が間違っているから、受験信者になってしまうし、世の中で活躍している人を見ても「あの人は東大出身だから」みたいな変な納得をして片付けてしまうんじゃないかな。もちろん大学に行くこと自体が間違っているわけでもないから、めちゃくちゃ歯がゆいけどね(笑)

大学への進学を
「ゴール」と捉えるか、もしくは
「自己実現の手段」と捉えるか。

Theme3

結果は良くても悪くてもいい。
“自分で選ぶ”ことの大切さ。


髙木

生徒を見ていて心配になるのは「自分で選んでいる」という意識があまりにも希薄だということ。学校でこれだけさまざまな勉強をしているのに、その中で「自ら選択する」ということがほとんどないんですよね。あるのは「受験に関係するか、しないか」っていう線引きだけ。「受験に関係ないことにはモチベーションが上がらない」って、かなりヤバいと思うけど……。


池谷

うん。それはたぶん多くの教員が感じているんじゃないかな。


髙木

おそらく「大学では自分のやりたいことを選ぶ」って思っている子は多いと思う。だったら高校のカリキュラムも選べるようにしたらいいのに。それって今あるリソースを整理すればできないことではないはずです。みなさんに自分の中高生時代を思い返して、大きな選択をしたエピソードを聞いてみたい。


上月

僕の場合はちょっと極端ですが「クラブのためだけに高校に行く」って決めたタイミングがありました。それは高校受験が終わった瞬間に切り替えて。その選択を今でも後悔していないのは、本当に一生懸命になれたからだと思います。

「学校に行くのはクラブのためだけだった」と言い切る上月先生は、高校時代は陸上、大学ではラクロスに没頭。


池谷

その選択が、いま教師となって活きている場面はある?


上月

そうですね。我々教師って生徒に対して「あとあと後悔しないように」っていう気持ちで話すことが多いと思います。だから本当にキラキラと輝いた目で「すべてを捨てて、この1本でいきます」っていう生徒には、それがどんなことだろうと「それ、いいやん!」って言ってあげたい。ただそれほど一生懸命でもないのに、割と簡単に選択肢を捨てようとする生徒には、そうはいかないですけどね。


東野

確かに、結果が良かろうが悪かろうが、そういった選択を繰り返すことが、自分の判断基準や価値観のアップデートにつながると思っているんです。だからそういう経験をいっぱいしてほしい。

東野先生は、自分で選ぶことによる価値観や判断基準のアップデートを促します。


髙木

あと世の中では「やらないと後悔する」って言われがちだけど、実際そんなこともないでしょ(笑)。だから「やらない」という選択もありだよね。大切なのは「何かをやるか」ではなくて「本当に自分で決めたことなのか」「そこに自分の意思はあるのか」ってことじゃないかな。


眞鍋

それを見極める能力が教師にはすごく重要で、かつもっとも難しい部分だと思います。「私はこれでいきます!」と言われて「それはあなたの意思だからOK」って肯定するだけなら誰でも言えること。本来はもっと深い部分で認めてあげたいんですよね。つまりその生徒がなぜその意思決定に至ったのかという過程までをちゃんと観察できて初めて「他は捨ててもいい」と言い切れるのかなって思います。私にはまだ、そこまでの自信はなくて……。


池谷

うん。そこはすごく難しいと思う。僕が基本的に“見守るスタンス”をとっているのは、やはり学校の中で生徒が自分で選択するって場面があまりにも少ないから。その状況の中で、教師が彼ら・彼女たちに声をかけてしまうと、意思決定にすごく大きな影響を与えてしまう可能性がある。生徒の中に「これは自分が決めた」っていう意識が完璧に確立されていない限り、どんな言葉もかけづらいよね。だからこそ我々教師ができるのは、生徒が自分たちで選択するまで我慢すること、そしてそれができる安全・安心な場所をつくることじゃないかな。それが教師が担うべき大切な役割だといまは思っている。

大切なのは「何かをやるか」ではなく
「本当に自分で決めたことなのか」
「そこに自分の意思はあるのか」ってこと。

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