東京インターナショナルスクール 理事長 / 国際バカロレア日本大使 坪谷ニュウエル郁子

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INTERVIEW

2021.09.09UP

それぞれの個性に合わせて、個別に対応していくことで、豊かな人生を。(後編)

PROFILE

坪谷ニュウエル郁子

東京インターナショナルスクール 理事長 / 国際バカロレア日本大使

神奈川県茅ケ崎市出身。イリノイ州立西イリノイ大学修了、早稲田大学卒。
1985年イングリッシュスタジオ(現東京インターナショナルスクールグループ)設立、代表取締役就任、1995年東京インターナショナルスクールを設立。理事長就任。同校は国際バカロレアの認定校。
その経験が評価され、2012年、国際バカロレア(IB) 日本大使に就任。文部科学省とともに、教育の国際化の切り札となる国際バカロレアの普及に取り組んでいる。

INTERVIEWER

池谷陽平

探究科 Driver

Theme1

基礎学力が高く、教師は真面目。
躾までを教える日本の教育は素晴らしい。

(前編はこちら

世界中、さまざまな国の教育現場を知る坪谷さんから見た日本の教育ってどうなんでしょう。割と悪く言われることも多いんですが……。

日本の教育は悪い、ひどいって言う人、多いですよね。でもそうではない部分もたくさんあります。まず1つ目は、日本人って基礎学力が高い。これは世界有数レベルです。なぜなら文字が読めない人が、あまりいないですよね? 

そうですね。しかも沖縄から北海道まで、どの地域にいっても言えることです。

そう。それってすごいことなんです。誰でも新聞が読める。あとどこのお店のレジでも、タクシーに乗っても、きちんと正しいお釣りが出てきます。やはり海外だと「合ってるかな?」って確認してしまいますから。

なるほど。そういう基礎学力ですね。

それと、海外の学校では教えない躾を学校で教えてくれる。これも素晴らしいですよね。自分の部屋の掃除もしないような子どもたちが、学校ではみんなで教室を掃除しています。それに栄養士さんが考えたバランスの良い給食があって、それを自分たちでサーブして、先生も一緒に「いただきます!」と食べる。そういう習慣を学校で教えているんですよね。

日本では当たり前の光景ですが、海外の学校ではない文化ですよね。

そうです。アメリカではお弁当が支給されるのは貧困な家庭の子どもで、それをもらっているってことは家が貧乏だということが友達にバレてしまうから、みんなこっそりと隠れて食べているのが現状です。そしてもうひとつ、池谷先生たちもそうだと思いますが、何より先生たちが本当に真面目で優秀。

ありがとうございます(笑)。でもそうだと思います。みんな本当に一生懸命に頑張っているから。

みなさん、学校のため、そして生徒のために、とんでもないくらい長時間、黙々と働いてらっしゃる。本当に素晴らしいですよ。尊敬します。あと日本では、家庭の裕福度とか住んでいる地域などに関係なく、基本的には誰でも同水準の教育が受けられますよね。やはりアメリカはそうではありません。

アメリカは地区によって教育レベルがまったく変わりますよね。

その地区に住んでいる人の不動産にかかる税金の一部が教育税の大きな比重になる仕組みなんです。例えばシリコンバレーみたいな不動産価値の高い場所では、どんどん新しい教育が実践されるし、逆にゲットーとかスラム街みたいなところだと、住みたいと思う人がいなくて、不動産価値も低い。だから当然、教育税も少なく、そうなると優秀な先生も雇えないし、教科書すら買えない所もある。そんなことが普通にありますね。

その点、ヨーロッパはどうなんですか?

もうちょっと社会主義に近くて、そもそも教育は大学も含めて基本的に無料の国もたくさんあります。ただヨーロッパの教育で日本と違うのは、中学生になる前の年齢で、職人コース、専門家コース、学者コースって振り分けられること。

でも先にあったように、そこに優劣とか上下っていう感覚はないんですよね?

そうです。みんなそれぞれに仕事に誇りを持っている。それぞれに優れた部分が違っていて、どれも素晴らしいっていう価値観が根底にあるのかもしれません。やはり日本が目指すとすればそっちだと思います。しかし残念ながら、今はアメリカ型の競争社会になってしまいましたね。

世界中の教育を見てきた坪谷氏は、日本の教育も決して劣ったものではないと主張。

日本の教師の真面目さに関しては、池谷先生も太鼓判を押します。

たくさんの国の教育を見る中で、IB(International Baccalaureate=国際バカロレア)に至ったのに理由はありますか?

それは、先に話した通り、はじめの時点で義務教育の関係もあって、生徒がほとんど駐在員の子どもになってしまい、その結果、生徒たちは3年後にどの国にいるか分からない状態になったわけです。だから世界中のどこに行ったとしても継続的に学べるプログラムを選ばないといけない。そうなると限られてくるんです。

『IB』、『ケンブリッジインターナショナル』、そして最終的にSatなどを受ける『米国型の教育』ですね。

その3つですね。『アメリカ型』は、アメリカ人にフィットするように、また米国の大学への進学を念頭においているから、他の国の人には合わないこともあります。『ケンブリッジ』も悪くないんですが、当時は北米にあまり学校がなくて、そうなると北米に行った子どもが継続して学べなくなってしまう。そこで『IB』を選んだだけなんです。

IBの認定校は、世界中に満遍なくありますもんね。

当時で140〜150カ国くらいで学べたんじゃないでしょうか。IB同士の学校だったら基本的な構造が同じだし、内申書を送ることでその子がどういう状況にあるかも伝えられるという点も大きかったですね。

ということは、IBの教育方針とか教育内容に惚れ込んだってわけでもないってことですか?

そう。その後2008年に、私は国に対して「日本の教育にもIBを導入していくべきだ」っていう提言をしたんだけど、それはまた別の理由があったからで、当時は3つの中からの消去法でIBになっただけなんです。

なるほど。

ちなみにこれも先に言った通り「IBの学校で学ぶと英語がペラペラになれる」と思われていますが、仮に外国語として英語を学びたいのであれば、ケンブリッジの方がいいのではないでしょうか。私はIBの日本大使をやっているのに、こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが(笑)、ケンブリッジは、さすが100年以上の歴史があるというか、たくさんの植民地に英語を浸透させてきただけあるなと感じます。結局「IBで英語が話せるようになる」っていうのは、広告的な戦略なだけ。母国語で勉強した方が絶対に深く学べます。第2外国語の学習と、基礎学力の学習では意味合いが違いますからね。

それぞれに仕事に誇りを持ち
それぞれに優れた部分が違っていて、
そのどれもが素晴らしい。

Theme2

自信を持たせ、自分の考えをシェアできる。
そんなスキルの獲得に向けて。

先ほど出てきた、日本の教育にIBを取り入れるべきだと感じた理由は、どういったものですか?

これは2つあります。まず1つ目は、IBというのは「自分はこれが好き」っていうものに対して、自信を持たせるのに向いているんですね。ここに関しては、日本の教育の弱い部分なので。私もそうだけど、自分のことをダメな人間だって思ってしまうことはありませんか?

はい。多々ありますね……。

そうですよね? 私もいつも思っています。「私はなんてダメなんだ」「もう死んだ方がいいのかも」という風に感じながら生きてきました。そういうサイクルが定期的に来るんです。自分がまだ小さかった頃も、お友達のお母さんから「郁子ちゃんは、お勉強ができてえらいね!」と褒められると、お母さんが「いやいや、この子はだらしがなくて、部屋もいつも汚くて……」なんて返していました。

あるあるですね。「そうなんです。うちの子は勉強ができて、偉いんです!」と、親はなかなか言わないから。

日本人には、そういう文化がありますよね。でも私は心の中で「学校のテストで100点をとっていることと、部屋が汚いことと、なんの関係があるんだろう」と思っていました。つまり日本人が育っていく環境は、自分が得意なことに自信を持ちにくいものなんです。そこで大事なのは、事実をきちんと認識するということ。

「テストで100点をとっている」という事実。そして「部屋が汚い」という事実ですね。

そう。部屋が汚いのは確かにいいことではない。それが一つの事実。そしてテストで100点をとったというのも事実。その2つの事実が別のこととしてある。そういう認識を持てるような社会にしたいなと思ったんです。

なるほど。IBで重んじられているのは、事実の検証ですもんね。

その通りです。IBには事実検証のプログラムが多くて、日本の教育にとってプラスになると感じました。それが1つ目ですね。もう1つの理由は、コミュニケーション能力の話。これも小学校時代に遡りますが、私は小さな頃から割と積極的で、小学校3年生まで、授業中に先生が「質問がある人!」と問いかけると「はい、はい!」っていつも手を挙げていたんですね。それを続けていると、4年生になった時にドッヂボールに誘われなくなって。

え? なぜですか??

その理由が私も分からなくて、仲の良かった友達に聞いたんです。そしたら「郁子ちゃんは、いつも授業で手を挙げているから」「ああいうの、良くないよ」「みんなから威張ってると思われているよ」と教えてくれて。

あぁ、なるほど。子どもたちの心理として、分からなくもないですね……。

だから私は「そういうものなのか」と思い、手を挙げないようにしました。するとまたドッヂボールに誘われて。そういうことをやっているうちに、自分の思っていることを他人にシェアしたり、人に上手に話すことができなくなっていくんです。そういったスキルを養うプログラムが日本の教育に欠けていると思って、IBを提唱しました。

ってことは、やはり英語とはぜんぜん関係ない理由なんですね。

そう、まったく関係ないんです。そもそも英語を集中して学ぶようなプログラムではないですからね、IBは。でもまだ8割くらいの人が「IBってつまりは英語での教育でしょ?」と思ってる。なんとかこの現状を打破したいですね。

校内にある図書コーナーの一角。ジャンルを問わずたくさんの本が貸し出されています。

少し話はずれますが、英語、もしくは他の言語を学ぶ時の習熟度っていうのは、母国語とその外国語にどれくらいの親和性があるかで、到達できるレベルに至るまでの時間は大きく変わってきます。

なるほど。ちなみに日本語と英語はどうなんですか?

それほど親和性はありません。日本語と近いのは、例えば韓国語。やはり距離が近いこともあって、文法も発音も近い。英語と近いのは、ヨーロッパ系とかインド系の言語ですね。

ということは、日本人は英語を身につけるのに時間がかかるってことですね。

そう。池谷先生も英語の教師だったから知っているかもしれないけど、日常会話レベルに到達するまでに平均して約3,000時間かかると言われています。でも学校の授業だけだと小学校から大学1年までを足しても約1,000時間しかないから、まったく届きません。一方で母国語というのは、高校卒業までに約63,000時間も触れていると言われていて、なぜならテレビを見るのも、街で看板を見るのもすべて母国語ですからね。

確かにそうですね。3,000時間ってなかなか大変だな……。

毎日絶対に1時間勉強したとしても、1年で365時間だから、8年はかかる計算ですね。しかもそれだけの根性を持って臨んで、やっと日常会話レベル。かたや母国語なら、放っておいても63,000時間です。だから母国語の人とその言語で競おうと思っても、普通の人はなかなか難しいですよね。 

日本人が育っていく環境は、
自分が得意なことに
自信を持ちにくい。

Theme3

一人ひとりの長所を認め、伸ばす。
新しい価値観で、これからの主役に。

2021年には東京の多摩川に面した場所に、東京インターナショナルプログレッシブスクールの新校舎ができましたね。

はい。ここは、いろいろな事情で他の学校に行けない子どもたちを受け入れるためにつくったNPOの学校です。例えば日本のインターナショナルスクールに通っていた子どもが、いじめられたり、集団生活に合わなくなったり、発達障害だったりといった理由で、途中から普通の日本の学校に行くのは難しいことなんです。

そこまで受けてきた授業の内容がぜんぜん違いますもんね。

はい。彼ら・彼女たちは、豊臣秀吉すら知らない場合もありますからね。私の娘も、私の学校に通っていましたが、沖縄に旅行した時に「どこからきたの?」って聞かれて、「日本!」と答えていました(笑)。でもそれは仕方ないことで、うちの学校では世界の地理は教えますが、日本の地理はまったく教えません。そういう子どもが途中から日本の高校に入って、学校の勉強についていけるわけがないですよね?

確かにそうですね。そういった子どもたちが集まっているのが、東京インターナショナルプログレッシブスクールなんですね。

そう。ここで話は最初のSさんにつながります。みんな学校の勉強が苦手だったとしても、絶対にそれぞれに長所を持っている。この学校ではそういう個性に合わせて、個別に対応していく場所なんです。それをやり続けた結果、これまで80%以上の生徒を大学に送ってきました。自閉症だったけど、脳科学の研究をしている子もいる。数学者になった子もいる。アメリカのバークリー音楽大学に行ってプロのベーシストになった子もいる。みんなそれぞれに違った道を見つけて、豊かな人生を送っていますよ。

僕が今、追手門でやりたいと思っていることも同じです。テストの点数でしか比較しない教育ではなく、生徒一人ひとりのいいところを認めて、それを伸ばす。それを目指していて。

うん、素晴らしいですね。

ちなみに僕はこれまでずっと高校生を担当していたんですが、今年から中学生を受け持つようになりました。中学には多様な発達段階の生徒が集まります。今回そういう子どもと初めて接することになったんですけど、彼ら・彼女たちが勉強以外の部分で持っている能力の高さには驚くばかり。それを認めたり、活かしたりできない今の教育のカタチにはやはり疑問を抱いてしまって。今年からはそういう部分を拾っていくためのプログラムも導入しています。

池谷先生の取り組みの応援団になると宣言してくれた坪谷氏。これからも交流が続いていくでしょう。

また来年度からは、『創造コース』という新しいコースもできます。そこは一人ひとりが「今やりたい」と思うことや「やってみよう」と感じていることに取り組み、その部分を伸ばしていくことを重んじていて、定期テストもやりません。そのコースのプログラムを考えている中で、IBにたどり着いたんです。先ほど坪谷さんがおっしゃっていたように、事実の検証に力を入れて、教科を横断しながら、よりクリエイティブに、プロジェクト型で好きなことをやっていくコースを立ち上げるんですよ。

嬉しいわ。池谷先生のような人材が出てきたことが、教育業界が変わっている証拠だと思います。先生たちがこれからの主役。私は応援団。後ろで踊っておくから(笑)、ぜひ頑張ってください。

ただ僕たちだけでできることには、時間的にも労力的にも限界があって、実際にIBを導入するところまではまだできないんですけど……。

それは大丈夫。やはりIBは導入費用も高いし、モデル校を参考にしながら、その学校版のプログラムをつくればいいと思っています。池谷先生ならそれができるから。まだ若いし、考え方もしっかりしているし、もっともっとスターになって、新しい価値観を外に発信しながら、教育業界のアイコンになってほしい。

はい、ありがとうございます。

保護者の方からも憧れの存在になることが大事。新しいことをやる時は、まずは保護者の理解を得ないとダメです。

はい。それが大事ですよね。追手門では今、授業が始まる前に、生徒たちにマインドフルネスの時間として瞑想をやってもらっているんです。そこで保護者の方が来てくれた時には、子どもたちと同じように瞑想をしてもらっています。そういうことも継続していていきたいですね。

保護者に対するワークショップ、大切ですね。そういった流れを大きくしていきましょう。池谷先生なら絶対にできる。

今日はお話を聞けて、本当によかったです。また頑張れます!

いえいえ、こちらこそ東京までお訪ねいただいて、嬉しいかったです。頑張ってください!

みんなそれぞれに
違った道を見つけて、
豊かな人生を送っている。

INTERVIEWER'S VOICE

池谷陽平

坪谷さんと言うと「IB」がキーワードとして思い浮かぶ人が多いかもしれませんが、本質的に人を育てることを追求し、それを実践、実現し続けている方です。バイタリティに富み、溢れているけど凄まじい行動力によりこぼれ落ちない。その元気と勇気をもらえたようで、さらに頑張ろうと思いました! ありがとうございました!! 定期的に通いたいです(笑)

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