校長ブログ

校長 木内 淳詞 Junji Kiuchi

2021.07.03

『本心』

 芥川賞作家、平野啓一郎さんの最新作です。
 私は、自分の好みを誰かに押し付けようとは思いませんし、誰かにそうされるのを嫌う人間ですので、このブログにおいても、どなたかに無理に読んでいただこうと思って本を紹介しているわけではありません。また、自分が学んできた時代においては、「作者の死」というロラン・バルトの言葉もすっかり定着していましたので、作者がどのような意図を持って作品を書いたとしても、そのテクストの読み手の解釈をコントロールできないとする考えが私の中にも根付いています。ただ、私が印象に残った文章をご紹介することぐらいはお許し願えるのではと勝手に考えております。

 しかし、死が恐怖でなくなればなくなるほど、相対的に、僕たちの生は価値を失ってしまうだろう。この、どうせいつかはなくなる世界を、良くしたいという思いも —― 一体、この生への懐かしさを失わないまま、喜びとともに死を受け容れることは可能なのだろうか?

 最愛の人の他者性と向き合うあなたの人間としての誠実さを、僕は信じます。

 こんな引用をされても、何のことだかわからないでしょうが、読まれて何かしらの「フック」が掛かった方は、ぜひ『本心』をお読みください。

 平野さんは、「じぶん」というものを複数の人格で構成されていると考えています。そして、じぶんを構成している一つ一つの人格を「分人(ぶんじん)」と呼んでいます。私たちはよく「個人」と言うけれど、それはこれ以上分けることができない統合された人格という感じです。分人の考え方からすると、それもじぶん、これもじぶんであり、いろいろなじぶんがいて、人生の中でその構成比率も変わるということだそうです。
 私は、この分人という考え方に触れ、「~しているときのじぶんが好きだ」という感覚に対する理解を深められました。…しているときのじぶんは嫌いだけれど、~しているときのじぶんは好きだ。Aさんと一緒にいる時の自分はなんだかしっくりとこないけれど、Bさんといる時のじぶんは好きだ、という感覚。そういう、~しているときのじぶんは好きだと思える分人を発見し、その構成比率を上げていくことで幸せに生きることができる。なんとなく、本校の探究の学びもそういうものなんじゃないかと考えています。好きな分人を足掛かりにして、自己肯定感を高め、幸せに生きていくこと。皆さんは何をしている時のじぶんが好きですか?