
今日は始業式・対面式の日でした。晴れれば、中1から高3までの生徒が一堂に会する形で、グラウンドでの始業式・対面式を行う予定でしたが、雨降りのため、各教室と会議室をオンラインでつないでの始業式となりました。
私の式辞では、丸山薫氏の『北の春』という詩を紹介しました。
北の春 丸山薫
どうだろう
この沢鳴の音は。
山々の雪をあつめて
轟轟(ごうごう)と谷にあふれて流れくだる。
この凄まじい水音は。
緩みかけた雪の下から
一つ一つ木の枝がはね起きる
それらは固い芽の珠をつけ、
不敵な鞭のように
人の額を打つ。
やがて、山裾の林は うっすらと
緑いろに 色付くだろう。
その中に 早くも
辛夷(こぶし)の白い花もひらくだろう。
春早く、授業の始めに
一人の女の子が手を挙げた。
----先生、燕がきました。
これは私が小学校6年生の時に、担任の先生に教えてもらった詩です。およそ50年間に習った詩なのですが、私は春の訪れを感じると、必ずこの詩を思い出すのです。若い頃は詩を暗唱できたほど、しっかりと覚えていました。轟轟と音を立てて流れる川の雪解け水の様子や、雪の下から跳ねて出てくるような木の枝のこと(英語のspringという語のイメージですね)、葉っぱよりもまず白い花をつける辛夷の木などが、私の頭の中に大きく鮮明に映し出されます。その時、私は春を迎えた喜びを体中に感じて、大きく息を吸い込むのです。50年経っても消えてしまわない、私にとっての大切な学びです。
近年は、教育にもタイパの考え方が導入されることがあり、時間をかけずに効率的に、とか最短距離を一気に駆け抜けるといったビジネスの考えが入り込んでくることがあります。学校で学ぶ期間には限りがあり、その間にも「成果」をあげねばならないのはわかりますが、時間に追われて寄り道もできない学びは面白くないと思いますし、短期間で身につけたことは、短期間で忘れ去られてしまいがちです。人生100年時代と言いますが、一生覚えていられる学びというのも大切にしたいものです。
忘れておりましたが、写真は2026年の管理職です。「いかつい」とよく言われますが、結構笑ってます。今年度もよろしくお願いいたします。